ダラリ。

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help リーダーに追加 RSS 誰が為に鐘は鳴る ヘミングウェイ

<<   作成日時 : 2008/01/23 05:11   >>

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これは、僕の学校の課題として出た本だ。
多分、課題じゃなかったら取り掛からなかった。でも、取り掛かれてよかったと思う。
戦争について、人間について、考えるきっかけになった。
「誰が為に鐘がなる」を読んで、戦争の無謀さを考えたし。

戦争は、僕にとっては、「よそでやってること」である。
北朝鮮がミサイルを、ってときも、危機感は沸かなかった。
戦争のお陰で科学も医療もここまで進んだのだ。
だから厭うべきではない、というのはよく聞く。
でも、戦争で、その技術の恩恵を受ける対象の私達と同じ人間が死んでいく。
戦争で闘う原因は、政論だったり、国同士の攻防戦だったり、宗教だったりする。
でも、闘っているのは、消耗品として補充されていく民間人で、戦争の元になっている思想家たちは会議室だ。
人を消耗品として大量生産しなければならなくなって、結局どんな思想にも賛同しかねる人が引っ張られて、悲しみだけが残る。
そして、最後に優劣を決めるのは、消耗品の残り数だけ。

そんなことを言っても、愛国心のかけらもあるか解らないけど、この場所を守るためだと言われたら、戦いに行くより他ない気もするし。

命がけの日々の中で、きっと予期せぬものが浮き彫りになっていくのかもしれない。
戦争が日常になったら、着飾って建前で暮らしていくことなど出来ない。
隠し切れない本音や本性が露出していく中で見つける絆や愛情がかけがえのないものになってくのも解る。
もしかしたら、追い込まれた日常の中でこそ、自分らしさを自覚して大事なものにめぐり合えるかもしれない。この主人公のように。
でも、見出した先には高確率で、死が待っている。

先の見える生だからこそ、主人公のように愛に生きたいと願うものもあれば、パブロのように欲に忠実に生きようとするものも居るのだろう。もしかしたら、殺すことに悦を感じる人も出てくるかもしれない。
これは極論だけど、
個人的にはこれは多分良い影響だと思う。
数日であれ、自分自身そのままに生きられたらそれは幸せな気がする。
間延びした平和な日々と、つかの間の充実した日々。
どちらを選ぶかと云われたら、人それぞれだと思う。
でも、
束の間の向こうに、別れの切なさが常にあることを考えたら
私は建前で着飾った、間延びした日常でもそちらの方が良い。
大事なものが目の前で、傍で生きて動いていてくれることには変えられない。

うーん。確かこのようなことを書いて提出した。

戦争関連で
開高健さんの「ベトナム戦記」と多分それをベースに描かれた小説「輝ける闇」も読みました。
戦地の光景や、町の人々のことがリアルに描写されています。
従軍されていただけのあるリアルさです。
かなりの量になりますがどちらかだけでも目にされると良いかもしれません。
ちなみに、多分「ベトナム戦記」のほうが読みやすいと思います。

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